幽玄怪舎 依藤幸夢店

創作者依藤(えとう)の地道に感じた事や身の回りに起きたことを綴るゆったりしたブログ

ワンライお題「黒猫」

 暗がりの中でもヘッドライトに照らされた綺麗な艶のある毛並みをした一匹の猫と狐が仲良さそうに僕の目の前を横切った。

 急ブレーキを立てながら轢かぬ様に退避して避けた僕を急いで逃げて隠れるわけでもなく、不思議そうな狐とその猫はこちらを伺い見る瞳をしていたけども、伝承とか縁起物の観点や、そういった類では、三歩程下がるのが通説であろうが僕には関係のない事だ。

 何故ならば僕はその猫と狐に何故か大層好かれてしまっているからであって、他の人がそうであるとは確かに限らない、だけどもうちの家系は何故か狐や猫に好かれる傾向にあるらしく、うちの曽祖父の家を調べると出てくるのは『お狐様』か『お猫様』の伝承話や、そういった類の守りばかりだったからだ。

「おきつねさんや、おねこさんや、そこをどいてくれやしないかい? どいてくれなきゃ進めないんだが」

 何故か僕は狐と猫に話しかけていた。だけどもそんな獣達に話しかける僕も僕で何処か獣と話せる自信があったかもしれない。

 僕が話しかけてもこちらを伺い見る瞳をしている猫と僕のカブのカゴに飛び乗ってきた狐。振り払ったり、退かす事すらしない僕の行動を見て何を考えたのか、ずっと僕を伺い見ていた瞳が揺れ動き、狐の横に飛び乗ってくるではないか。

「どうしたんだい? それともなんだい? 何処かに行きたいのかい?」

 そう問いかけるも、無論答えなど帰ってくる筈もなく、ずっと僕の瞳を見つめて来る四つの瞳。不思議と僕と猫と狐が同じ場所で生きて死ぬ姿をフラッシュバックの様に感じとった。

「……今のは君等が見せた世界という事で良いのかな? 僕に着いてくるなら一回どいてくれるかな?流石に金属カゴじゃ足が痛いだろう?」

 そう告げると、今度は僕の言うことを聞いたかのようにカゴから一度退いてカブの目の前で座って逃げもせずに僕が動くのを待っている猫と狐。

 ゆっくりとした動作で僕は後ろのカゴから寝袋を取り出し前カゴに敷いてやると、鳴き声一つあげて再び飛び乗ってくる狐と猫。

「お狐様は何処へ行きたい? お猫様は何処へと消えたい?」

 何故かそう問いかけると答えが帰ってくると感じ、そういう形で問いかけた僕、不思議な顔をする二匹の獣。

 

 鳴き声が共鳴するかの如く鳴いて響く山道を僕と時折ある山道の街灯に照らされ気付いた茶色い狐と黒猫は消えて緩やかな速度で走る僕のカブから落ちない様に気をつけながら消えていった。

ワンライお題「懐かしい匂い」

「なんだろうこの匂い」

 ふと、気付いたらなんだか嗅いだことのある匂いがする場所にカブを走らせていた。

 緩やかなカーブ、ふと細い路地に目をやれば何処か懐かしい感じのする石畳が続く道。お世辞にも綺麗とは言えない公園。

 この風景を何処かで見たことのある気がしてならない。そう思い僕はカブを近くの駐輪スペースに停めて、ゆっくりと辺りを歩く事にした。

「んー、なんだろうこの『既視感』というか、『見たことあるという』感覚は不思議だな」

 小さい頃に住んでいた街はもっと薄汚れた暗い場所だったはずだし、姉貴達も僕と同じ街で過ごしている筈だから、まず此処を知る術(すべ)がない……。

――お姉ちゃんまってー!

――こっちだよー!

 子どもたちの元気に遊ぶ風景、僕が今住所を置いていて、姉貴達が住んでいる街ではまず見ない光景だ。

 僕等がやった記憶も無い遊びをしているのに、何故か『懐かしい』と感じる子どもたちの遊ぶ姿。

「セナ姉! こんな所に居ましたか……」

「おや、咲夢(さくら)じゃないか、一体全体どうしたんだい?」

「どうもこうもありませんよ……。今日は曽祖父の葬儀を取り仕切る戀(レン)姉の手伝いでこちらに何時迄に来てくださいと連絡した筈ですよ?」

「ありゃ、過ぎていたかい?なんだかこの風景が何処か『懐かしい』感じがしてね」

「そりゃあそうですよ、だって私達一度だけですが、曽祖父がご存命だった頃に夏休みはこの街で過ごした事がありますから」

「そういう事か……。この懐かしい匂いというか、どことなく感じる既視感というものは」

「そういう事です。じゃあ戀姉が待っていますから、行きますよセナ姉」

 そう急がなくてもいいじゃないか。と咲夢を呼び止める僕の声を無視するかの如く、ずんずんと教えたワケでもない僕が停めた駐車スペースにカブを取りに行く咲夢、普段から咲夢自身もバイクを乗り回す為に、あの子が触っても何ら心配は無いけれど、やはり”僕”が曽祖父から引き継いだカブなんだから、僕が持っていってあげて、それで葬儀に参列させてやろうと思い、僕は少し遠くなってしまった咲夢の背を慌てて追うことにした。

――その後無事、葬儀に晶(アキラ)に頼んで持ってきてもらった、曽祖父から受け継いだ古い車も僕自身が受け継いだカブも参列させることが叶ったので僕としては、最期に曽祖父へ僕なりの考える最高の孝行が出来たんじゃないかと思い、曽祖父が笑顔であっちの世界で僕らを見守ってくれる事を願って見送る事が出来た。